こ み み |
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*** 図書館職員と先生方によるリレーコラムです *** |
斎藤秀雄という音楽家(いや、教育者かもしれません)をご存知ですか?
生涯を音楽教育に捧げた世界的な教育者です。1992年以来、毎年、長野県
松本市で開催されている「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」、
小澤征爾、秋山和慶の呼びかけによって1984年からコンサートを開催し、
世界的に有名になったサイトウキネンオーケストラに名を冠したことを
ご存知の方も多いと思います。現在の桐朋学園音楽科創始者の一人でも
あります。
演奏家としては決して著名ではありませんでしたが、一説には宮沢賢治の
童話「セロ弾きのゴーシュ」の中の楽長のモデルではないかと言われています。
しかし、斎藤秀雄は何と言っても世界一の教育者の一人であったことは間違い
ありません。育てた音楽家は小沢征爾、秋山和慶をはじめ、日本のみならず
世界のオーケストラの主要メンバーとなり、アウトカムを考えた場合、今に
なって、極めて優秀な教育者であったことが改めて分かります。
では、ハンセン病とはどのような病気なのでしょうか。ハンセン病は、
古くは「らい(癩)」という病名で呼ばれていましたが、近年では、らい菌の
発見者であるノルウェーのハンセン氏(1873年に発見)の名にちなんで、
「ハンセン病」と呼ばれています。
以前は恐ろしい伝染病と思われ、「らい予防法」という法律で強制的に
療養所に一生閉じこめられ、療養所に収容される時には、患者の家中を消毒
されました。しかし、らい菌の毒性は極めて弱く、ほとんどの人に対して
病原性を持たず、人の体内にらい菌が侵入し、感染が成立しても、発病することは
極めてまれであるということが分かり、「らい予防法」は、1996年にやっと廃止
されましたが、恐ろしい病気という偏見がなくなるまでには時間がかかりました。
実は、斎藤秀雄の父親はこのハンセン病であったといわれており、斎藤秀雄
にも感染しているという噂が後を絶たなかったようです。ハンセン病の隔離政策に
ついて、国が全面敗訴した2001年以降、誤解が解けたことがきっかけとなり、
「嬉遊曲、鳴りやまず −斎藤秀雄の生涯−」(中丸美繪著)には、斎藤秀雄と
ハンセン病について、詳細に描かれています。
その中でとても印象的だったことは、2回目の妻(1回目はドイツ人)である
秀子は、秀雄が「らい」であるとの噂を知った上で結婚したようで、「彼女は
斎藤さんのその噂は知っていたのです。最初から秀子は斎藤さんと結婚したら
子供を持つことはできないと覚悟していたのでしょう。彼女が斎藤さんには話さず、
中絶を受けたのは1回だけではなかったのです」と記述されています。これも、
ハンセン病隔離政策が全面敗訴、控訴せず(小泉内閣)、という歴史的事実が
明らかになったからこそ、記録に残そうと思ったのだそうです。
教育に生涯をかけた斎藤秀雄には子供がいなかったため、たくさんの弟子に
対して、みんな自分の子供のように接したそうです。とても厳しく、しかし愛情を
持って教育した様子が、前述の「嬉遊曲、鳴りやまず −斎藤秀雄の生涯−」に
記述されており、教育とはかくあるべき、と感じることがとても多かったです。
特に、次世代を担う子供達のために命をかけて音楽教室を主宰し、のちの
桐朋学園へと発展させたことや、「教えることは学ぶこと」であるといった信念
には心を洗われる思いでした。「人は常に成長する」、という信念なしに教育する
ことの愚かさ、寂しさを実感しました。ふと、斎藤秀雄に子供がいたら、彼は
どのような姿勢で教育にあたったのでしょうか。全く変わらなかったのかも
しれませんが、もしかすると、世界の音楽家の系図が変わっていたかもしれませんね。
「音楽」という芸術を、理論的に合理的に教授することができた斎藤秀雄という
人間に、教育とは、教える側の信念と愛情の上に立脚している、と感ぜずには
いられませんでした。
間もなく本学部は板橋へと環境大きく変化することになりますが、本当に
変わらなければならないのは、教える側、教わる側の意識なのではないでしょうか。
(HK記)
参考:ハンセン病の薬物治療
3種の医薬品(ジアフェニルスルホン、リファンピシン及びクロファジミン)
の併用が有効。複数薬剤の相加・相乗効果による抗菌力の増強、治療期間の短縮、
耐性菌の発現防止、副作用の軽減をめざした治療で、病型により上記のうち2剤
または3剤が併用される。日本では抗ハンセン病薬として上記3種の医薬品の他に、
オフロキサシンの計4種類に保険適応がある。
(図書館注)
「嬉遊曲、鳴りやまず : 斎藤秀雄の生涯」(中丸美繪著. 新潮文庫)は、
薬学部図書館にはありませんが、八王子キャンパス図書館で所蔵しています。
なお、ハンセン病患者の記録として当館には以下のものがあります。
「倶会一処 : 患者が綴る全生園の七十年」(多磨全生園患者自治会編. 一光社)
3階一般 請求記号:498.6/KU
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