● 2007年の こみみ ●
「お疲れさま」を科学する (2007.12.26.) by T先生
冬の夜長に思う本 (2007.12.12)
冬を愛する人は 心広き人 (2007.11.28) by A先生
医療系の外国小説をご紹介 (2007.11.14)
季節のお風呂 (2007.10.26)
紅葉のスポット (2007.10.11)
童謡詩人金子みすゞ (2007.09.26)
音楽家と病気(6) 幸せそうにみえた作曲家−ブルジョワ的天才の悩み− (2007.09.12.) by K先生
おぼえてなくてごめんね。 (2007.08.16.) by T先生
夏に科学の本を読みませんか (2007.08.02.) by A先生
自分だけの「ルール」? (2007.07.18.)
アドレナリンとエピネフリン、どっちが本物? エピネフリンは存在したか?
(2007.07.06.) by O先生
インターネットで調べられない情報 (2007.06.21.)
電子掲示板 (2007.06.04)
自分の体で実験したい?ですか? (2007.05.19.)
音楽家と病気(5) 死の音楽 レクイエムをめぐる話題 (2007.05.02) by K先生
この4月から: 関係者じゃないのに詳しく紹介、と、関係者なのに簡単に紹介 (2007.04.18.)
自信をもって。 (2007.04.04) by T先生
花粉症騒動記 (2007.03.23)
志望理由は何ですか? (2007.03.08.) by A先生
館内掲示の理想と現実 (2007.02.24)
人間は冬眠能力を持っていたか? (2007.02.13) by O先生
おじさん (2007.01.27)
失敗談・失敗学関連の本 (2007.01.16.)
最新へ戻る
「お疲れさま」を科学する (2007.12.26.) by T先生
先日、(財)労働科学研究所のシンポジウムに参加しました。共同研究をさせていただいている
お医者様が関わっているプロジェクト「慢性疲労の発現・進展・回復プロセスの機序解明と予防に
関する労働科学研究」のシンポジウムです。(財)労働科学研究所は、労働者の労働環境を良くする
ためにいろいろな研究をしているのですが、近年、慢性疲労や過労死の問題に特に注目しています。
慢性疲労とはどういう状態なのか、どうしたら過労死を防げるのか、科学的に取り組んでいるのが
興味深いです。
さて、いったい慢性疲労とは何なのでしょう?
(財)労働科学研究所が提唱する慢性疲労の概念は以下のとおりです。
1. 意識的な努力による業務遂行
2. 睡眠不足の自覚
3. 生活における活動性の低下
4. 疲労感の持続
5. 感情的不健康徴候の発現
私の場合、5番以外は全てあてはまります。もしかしたら、5番も自分は気付いていないだけで、
周囲の人に言わせれば、本当はあてはまっているのかもしれません。そうすると、私は間違いなく
慢性疲労の状態にあると言えるわけです。
疲労の一番厄介なところは、他人はもちろんこと、自分でも程度や限界がわからないことです。
上記の5つの項目がある程度の指標にはなるでしょう。しかし、疲労感自体が主観的なものですし、
人間の感情には複雑な要素がからみますから、慢性疲労の判定のためにはこの5項目だけでは
十分ではありません。これからは、疲労の尺度を客観的に示すこと、そのためには疲労についての
科学的な解明が必要だと思います。例えば、尿検査や血液検査をすれば、血糖値が高いことが
わかりますね。同じように、疲労を数値で測定することができれば良いのです。
シンポジウムの後で、くだんのお医者様といろいろと相談しました。疲労を科学するなんてことは
夢のように思われるかも知れませんが、案外難しいことではないと私達は思っています。
疲労度を判定する診断薬が近いうちにできるかもしれません。来年からの研究がとても楽しみです。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
冬の夜長に思う本 (2007.12.12)
最近昼間の時間が日を追う毎に短くなり、最高気温もあまり上がらないので、冬至
まではなんとなく寂しいような心細いような気分になりますね。
「晴耕雨読」という言葉が昔から言われてますが、雨の日だけでなく秋から冬にかけて
の夜の長いこの時季にも当てはまるのではないでしょうか。
ふと自分の毎日を振り返ると、一日はなんとなく雑事に振り回され、優先しなければ
ならないことで手一杯で本を読もうと努力はしても、手に取ってみる時間が無かったり
空いた時間で読んでるせいか前後のつながりがわからなくなっていたり、前に書かれた
ことが記憶から飛んでしまっていたりして、時間はかかるわ、オチがわからないわで
おもしろみも半減してしまっています。
それでどうしても、自分が過ごしてきた時間の中で夢中になれたことや興味が持てた
ことに関する本を手にする機会も多い状態です。
昔演劇部員だった頃、上演する目的でシェークスピアの「リア王」を読み合わせ
から何回となく読んだはずなのが、時間的制限や学生の立場による制限、キャスト
不足で、原作をカットにカットを重ねてしまい、本来の言葉のユーモアや絶妙さが
伝わらず、話のニュアンスが変わってしまっていました。今読み返すと冷や汗が出て
くるほどです。
それでも、読むと当時の必死で覚えた台詞が懐かしく、練習がつらかったようで案外
楽しんでいたのを思い出します。
また、木下順二氏の「夕鶴」も同じ目的で読み進めたが、こちらの方はあまり手を
加えなくて良かったのでせりふはそのままのものが多く、随分経ってから手に取って
みたところ、自分がまだかなり台詞を覚えていたのでかすかな喜びさえ感じたほどです。
最近、こんな自分がはまったのが、恩田陸氏の「チョコレート・コスモス」です。
先の2作品とは違い、シナリオ集・作品集ではなく、演じる事を題材にしています。
二人の演劇人が対照的に描かれていて、片やベテラン女優、もう一人は無名の少女、
で話は後者のサークルの脚本家である人物によって書き進める形を取って話が展開
していく。最初はあまり乗り気でなかったのが、ぐいぐい話に引き込まれていきました。
特に無名の少女がいい。「ガラスの仮面」を思わせるような展開で感慨深く読ませて
もらいました。
たぶん昔の自分を主人公の中に思いだし、当時の一生懸命さをつい懐かしむのでしょう。
最近図書館で出会った木内英夫氏の「You can do it!しなやかに、したたかに」という
本は、演劇の顧問の先生がエッセイとして書かれた本ですが、演劇部の中高生の、好きな
ものに対するひたむきな気持ちが伝わってきて、年齢の枠を超えて同感できるところが
多々ありました。演劇は興味のないヒトにはとっつきにくいかも知れませんが、
部員の必死さが伝わってきて好感が持てますよ。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
冬を愛する人は 心広き人 (2007.11.28) by A先生
誰もが感じていると思うが、今年は一気に冬がやってきた。秋が短かった。
半袖からいきなりコートを着るなんてことが冗談ではない変化であった。
これも、温暖化が関与しているのであろうか。今年は猛暑であったが、
これから厳冬となりそうだ。
昨年は、暖冬であった。その理由としては、もちろん、地球温暖化の影響が
ささやかれてはいるが、気象学的にはエルニーニョ現象のためであると
考えられている。
エルニーニョという言葉は、最近では天気予報などでもよく耳にするので、
かなりなじみの言葉となっているであろうが、本来はスペイン語で「男の子」
あるいは「イエス・キリスト」を指す言葉である。
エルニーニョ現象とは、簡単に言えば、南米のチリ沖(東太平洋赤道付近)の
海の温度が高くなっている状態を言う。太平洋では、貿易風と呼ばれる
東風により、赤道付近の海流は大きく東から西に流れている。
エルニーニョ現象が起こっている時は、この風が弱まっており、本来なら
風によって太平洋の西(インドネシア付近)に寄せられている暖かい海水が
東の方に広がってしまう。その結果、大きな地球規模の気候変動が起こり、
世界各地で様々な特徴的な気候がみられる。
日本では、雨が多く寒い夏、雪が少なく暖かい冬となる傾向がある。
一転して、今年の夏からはラニーニャ現象がみられるようになった。
ラニーニャ現象は、エルニーニョ現象と逆に、チリ沖の海水温が低くなる状態である。
勘がいい人なら予想しているかもしれないが、ラニーニャはスペイン語で
「女の子」を指す。これまたエルニーニョと同じく、どうして起こるのかがわかって
いないが、エルニーニョとラニーニャは入れ替わり起こる事が多い。
ラニーニャ現象が起こると、やはり地球規模での気候変動が起こり、日本では、
暑い夏、雨が少ない秋を経て、寒い冬になる傾向がある。
ウィンタースポーツ愛好者には申し訳ないが、積雪量が多くなるという傾向は
得られていないようだ。
気象庁では、赤道付近の海面温度測定などにより、エルニーニョやラニーニャを
監視するシステムを開発しており、ホームページなどで最近の状況がわかる。
それによると、来年の春まではラニーニャが続くようである。
寒い冬は、相模湖で学ぶものとしてはつらいものがあるが、移り行く山の様子や
切れるように冷たい空気の朝など、都心では経験できないこともある。
四季の歌で「冬を愛する人は心広き人」と歌われていたり、「冬はつとめて」と
枕草子に書かれていたりする。寒いなと下を向いて過ごすよりは、積極的に
冬を楽しんでみようかなと思いたいが、やはり寒いのはつらい。
(※図書館注)
エルニーニョ・ラニーニャに関する気象庁のホームページはこちら。
気象庁|エルニーニョ/ラニーニャ現象
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
医療系の外国小説をご紹介 (2007.11.14)
今回は読んでおもしろかった(というか考えさせられた)、外国の医療系小説を
2点、ご紹介します。
○ラザロの子 / ロバート・モーソン著
請求記号:933/MA
--------------------
交通事故で”植物状態”になった妹と、その事故を目撃したことで心を閉ざして
しまった兄。イギリスでの治療に万策尽きた両親はアメリカへわたり、
”植物状態”の子供たちに実験的な治療をおこなっている女性医師に
ふたりの治療を依頼する。そして・・・
---------------------
表題の「ラザロの子」というのは、死後四日が過ぎたラザロをイエスが
土のなかから生き返らせたという聖書のなかの「ラザロの復活物語」に
ちなんでいるそうです。
主人公の一家だけでなく、治療をする側の女性医師も含めて、みな様々な
ことに悩み、迷いつつ、進むべき道を模索して進んでいく姿に胸をうたれました。
この選択が正しいのかどうか、わからなくても選ばなくてはならない・・・
医療行為には、そんな迷いがつきまとうものかもしれません。
○わたしのなかのあなた / ジョディ・ピコー著
請求記号:933/PI
--------------------
白血病の姉ケイトのドナーとなるべく遺伝子操作で生まれた妹アナは、
姉の治療のために様々な犠牲を強いられてきた。
13歳になった日、アナは姉への腎臓提供を拒んで両親を相手に訴訟を起こす。
裁判の行方は、姉妹の運命は…?
---------------------
それぞれの登場人物の視点を織り交ぜて物語をすすめていくので、
どの人物にも感情移入できてしまいます。アナの視点ではアナの、
ケイトの視点ではケイトの味方をしたくなり・・・
また、アナとケイトの兄であるジェシーの存在も気になりました。
重病人であるケイト、ケイトを助けることができるアナ、それに比べて
自分は・・・と、考えてしまうジェシーの疎外感が伝わってきます。
最後の法廷のシーンでは驚くべき事実が明らかになり、
その後衝撃的な結末が・・・
書評などを見ると、この結末には賛否両論あるようです。
ちなみにこの本の原題は”My sister's keeper”。
読み終わったあとにあらためて見ると、意味深な題名だと感じます。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
季節のお風呂 (2007.10.26)
10月も終わりに近づき、徐々に寒さが増してきました。
この時期、ゆっくりお風呂に浸かるのがだんだんと楽しみになりますよね。
ところで、季節ごとにお風呂の楽しみ方があるのはご存知ですか??
1 月 松湯 神経痛・リウマチをはじめ、肩こりや腰痛にも効果的
2 月 大根湯 冷え性の改善や風邪の予防に効果的
3 月 蓮湯 血行促進作用があり、肩こりや腰痛、神経痛などを和らげる
4 月 桜湯 消炎効果があり、湿疹・打ち身などの炎症を和らげる
5 月 菖蒲湯 鎮痛・血行促進・保湿効果があり、腰痛や神経痛を和らげる
6 月 ドクダミ湯 あせも・しっしんなどに効果的
7 月 桃湯 あせもや湿疹、虫さされ、紫外線による日焼けなどの皮膚トラブルを改善
8 月 薄荷湯 冷房による冷えや夏バテ、疲労回復などに効果的
9 月 菊湯 保温効果も高く、身体の芯まで温まるので、夏の疲れをほぐす
10月 生姜湯 血行を促進させて身体を温める
11月 蜜柑湯 “美肌”に効果てきめん!身体があたたまるため、寝つきもよくなる
12月 柚子湯 新陳代謝が活発になるので、疲れや痛みもとれ、冷え性にも効果的
どれも簡単に入手することができそうなものばかりなので、いろいろと挑戦するのもいいかもしれません。
あと1週間足らずで11月っ!
そこで「蜜柑湯」の作り方をご紹介します!
1.旬のみかんを食べたあと、果皮を陰干ししておく。
2.みかん20個(!?)分の皮を、ガーゼか木綿の袋に入れ風呂に浸す。
簡単にできそうですが“20個”はちょっとなぁ・・・という方は入浴剤で楽しんでくださいね。
参考にしたサイト:『湯の国Web』『ecomomエコマム』
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
紅葉のスポット (2007.10.11)
10月に入り涼しくなってきました。
例年だと、あと一月ちょっとすれば関東地方も紅葉の季節、ということで
近場ではどのあたりが紅葉のスポットとなっているか
インターネットで調べてみました。
「2007全国紅葉最前線 (社団法人日本観光協会)」や
「全国紅葉名所ガイド2007-Walkerplus (角川クロスメディア)」では
藤野町の 陣馬山 や、
八王子市の 高尾山 、 甲州街道いちょう並木 が挙げられていました。
「全国紅葉スポット情報:じゃらんnet (リクルート)」や
「全国の絶景紅葉スポット情報 (YAHOO! JAPAN)」では
高尾山 のみ。
そして、
「紅葉とれたて便2007:るるぶ.com (JTBパブリッシング)」では
なんと 相模湖 が挙げられていました!
全国230スポットのうちの一つということですが、
相模湖周辺の山は杉林ばかりなイメージでしたので
ちょっと、意外な感がありました。
が、サイトに掲載の写真で紹介されている
相模湖大橋から嵐山洞門あたりは確かに紅葉するかも。
紅葉の季節になりましたら、通勤、通学の折にでも
ご覧になってみてください。
ちなみに、紅葉は、厳密には
赤色に変わる→「紅葉(こうよう)」
黄色に変わる→「黄葉(おうよう)」
褐色に変わる→「褐葉(かつよう)」
と言うそうです。
(ウィキペディア フリー百科事典より)
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
童謡詩人金子みすゞ (2007.09.26)
今年の夏は暑かったですね。梅雨が明けるまでは、予報に反して気温が上がらず、
この程度なら過ごしやすくていいな、などとタカをくくっていたら、明けた途端に
気温はどんどん上がり猛暑日が何日も続き、しかも、観測史上最高気温が更新
される日までありました。そうなると、当然のように日中は家に居て暑さを
やり過ごすことが多く、おかげと言うべきか、本をゆっくり読む機会が持てました。
とはいえ、もともと本に何時間も続けて集中できない体質なので、読む本も長編
ものよりも短編、できれば一冊に一話完結が数話載っているものに気持ちが
向いてしまいます。今年は夏休みをいただいたので、、せっかくのチャンスと思い
仕事休みを利用して、大作を読破してみようかなとも思ったのですが……やめて
おきました。
先日、涼を求めて公共図書館を訪れ、何冊か借りようと思い書架を眺めているうち、
懐かしい作家に行き当たったのです。。作家というのは、正しくないかもしれません。
正しくは童謡詩人というらしい。金子みすゞさんです。
最初にみすゞさんの本に出会ったのは、数年前に子どもにと買って貰った
『ほしとタンポポ』という絵本である。ことばそのものは童謡のためか簡単な言い回しで、
どちらかというと単純な言葉の繰り返しの多いものになっている。物足りく感じる方も
いることでしょう。
だが、そこに溢れる自然に対する優しさ、特に弱いもの、人に嫌われるようなものや
普段存在が何気なさすぎて、見逃してしまいそうなものに対する愛情に満ちあふれて
ように思えるのです。
特に、「私と小鳥と鈴と」の「みんなちがって、みんないい」という一節が好きです。
個性を大切にと言われているような気がします。わが息子の高校選択で、自分の心に
迷いが生じた時にも吹っ切ることができました。
「積もった雪」の雪を思う優しさもすごい。上の雪にも、下の雪にも、真ん中のにも
思いを馳せています。そこまでは普通気が回らないと思うのです。
「世界中の王様」にお天気ですよと知らせて上げようとする心も、自分だけでは
気付かない心のあり方を知らされた気がします。
他にも、「大漁」「みんなをすきに」「犬」「こころ」などなど、80年前の作品と
思えないほどです。
思わず、生誕100年記念の本と、『金子みすゞ全集』を借りてきてしまいました。
普段、2週間経っても1冊読むのがやっとの私でも、短時間で読むことができ、当時の
みすゞさんの環境や時代背景もわかって、しかも小説を読む時とはちょっと違う
贅沢で貴重な時間を貰った気がしています。
明治後期から大正にかけて生き、たった26年の生涯だったけれど、多くの
作品が幅広い年齢層から慕われている金子みすゞ――図書館にも所蔵しているので、
興味を持った方は読んでみてください。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
音楽家と病気(6) 幸せそうにみえた作曲家−ブルジョワ的天才の悩み− (2007.09.12.) by K先生
今回はメンデルスゾーン(1809〜1847)のお話しです。あの有名な「ヴァイオリン協奏曲」
「フィンガルの洞窟」「結婚行進曲」「交響曲第4番イタリア」など、明るくて屈託のない音楽を
一度は耳にしたことがあると思います。彼の音楽は、幸福の音楽。苦悩の作曲家ベートーベンとは
正反対に、あるがままの生活と性格を音楽に反映させた作曲家であり、苦労がなく快活で
成功者としてもてはやされて満足し、幸福な生涯を送ったといわれています。
このため、専門家やマニアの中に、作品の精神性について軽く見る傾向があることが、
私には不思議でなりませんでした。
確かに当時の多くの作曲家は、貧困にあえぎ苦しみながら名作を生み出していたことを
考えると、彼のように才にも財にも恵まれた作曲家は、どこか庶民を敵にする要素が
あることも感じます。
しかし、彼はモーツァルトより僅か2年長生きしただけで、38歳で亡くなっています。
一見、幸福に満たされた短い生涯の中で、すでに24歳の時からしばしば頭痛を
訴えるようになり、パリではコレラにかかったという記録があります。
28歳で結婚し、5人の子供(1人は早世)に恵まれましたが、その頃から音楽家には
致命的な左耳に難聴があったそうです。あの三大バイオリン協奏曲といわれる名作は
この頃(1843年)作曲されています。
この頃から、神経過敏症、厭世観、短気、などのうつ状態に陥ったと考えられています。
この後、姉は脳卒中で亡くなり、彼は激しい躁とうつを繰り返し、姉の後を追うように
38歳で脳卒中で他界したと言われています。10歳を筆頭に4人の子供を残して・・・。
姉も本人も脳卒中だったことから「メンデルスゾ−ン家の脳卒中発作の遺伝性」が
指摘されていましたが、現段階では根拠が乏しく、若年性高血圧と脳動脈瘤破裂よる
クモ膜下出血という説もあります。
どちらにしても最後の10年は苦難の人生だったのかもしれません。
メンデルスゾーンの音楽を聴くとき、若い時の環境、教育の重要さをしみじみと感じます。
恵まれた環境で天賦の才能を余すところなく引き出せたことが、晩年(というには若すぎますが)の
作風にしっかりと反映されており、これが「苦労知らずのブルジョワ作曲家」と呼ばれる
原因の一つかもしれません。
若い時の教育って、大切ですね。メンデルスゾ−ンの知られざる偉業の一つに、
当時眠っていたあの大バッハの作品の再演が知られています。
CDや録音機器のなかった当時、再演することの困難さは、創造を絶する事業だったと
思います。苦悩を感じさせず聞き手に幸福感を与える作品と、偉大なものを見極めて
紹介する能力、とてもバランスのよい才能に恵まれた作曲家と思います。
若い時の教育が充分に影響していると感じるのは私だけでしょうか。
わずか38年の生涯。彼もモーツァルトと同様、神が嫉妬したのでしょう。
巷の評判を捨てて、この秋、もう一度メンデルスゾ−ンの作品を聴いてみませんか。
新しい発見があるかもしれませんよ。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
おぼえてなくてごめんね。 (2007.08.16.) by T先生
先日、病院実習でお世話になった都内の病院へご挨拶に行ってきました。
薬剤部はどこでもとても忙しく、ご挨拶に伺ってもかえってご迷惑をかけるような感じが
してしまいます。もともと病院は苦手ですから、なんとなく居づらい思いも消えません。
親切に対応してくださる薬剤部長さんのお話を首ふり人形のようにうなずきながら
拝聴していた時、「あれ?センセイ。どうされたんですか?」と声をかけられました。
名札を見せて「私ですよ。」と若い薬剤師さんが微笑んでいらっしゃいます。
顔を覗き込んで見たのですが、「はて、この人は誰?」首を傾げ続ける私に
「忘れちゃったんですか?」と言われてもまだわかりません。焦ると益々思い出せません。
「いつも講義を一番前で聞いていましたよ。バセットハウンドの話もしましたよね。」と
もどかしそうに言われて、「あっ!」と思いました。薬剤師さんの格好をしているせいか、
全然印象は違いましたが、そういえば、この顔は見たことがある!
でも、名前はどうしても思い出せません。名札をしげしげと見ても思い当たりません。
「ごめんね。」と言うしかありませんでした。
がっかりした彼女に申し訳なくて、帰りの道々、黒いアスファルトを見つめながら
深く深く反省しました。
実は、こういう経験は一回だけではないのです。正直に言えば、ここ数年の卒業生に
ついてはかなりの人の名前がわかりません。もっと以前の学生の名前と顔はしっかり
おぼえているので不思議です。
これってなぜかな?と考えました。私がボケてきてるのかもしれませんが、やっぱり、
最近は一人一人の学生とじっくり向き合う時間がとれなくなっているのだと思います。
いろいろな原因はあるけれど、以前のように名前と顔を一生懸命おぼえる努力も
怠ってしまっています。これではいけないなあ、と思います。
教員になったとき、「チップス先生さようなら」のチップス先生みたいになりたいな、って
思いました。チップス先生は毎朝必ず学校の入り口に立って、一人一人の学生に声を
かけて、どの学生の名前もおぼえているのです。どんなに年をとっても何十年前の学生でも
おぼえているのです。すごいなあ、と思いました。
チップス先生に憧れた私は、今でも学生とすれ違ったら必ず挨拶をしています。
でも、最近は顔をしっかり見ていませんでした。会話も少なくなっていたと思います。
悪かったと思います。学生にとっては、先生が学生の名前すらおぼえようとしないなんて
とっても悲しいことですね。もっとひとりひとりを大事にしなくちゃいけません。本気で名前を
おぼえなきゃ。ちゃんと話を聞いてあげなくちゃ。「センセイ」と呼ばれるからには、学生に
悲しい思いをさせてはいけない存在です。
もう一回、頑張ろう。と思います。やっぱり、チップス先生みたいになりたいです。
たった一回だけ立ち話したバセットハウンドの話をずっとおぼえていてくれた彼女を
これ以上がっかりさせないように努力しよう、と思います。
(※図書館注)
「チップス先生さようなら」(ジェームス・ヒルトン著/新潮文庫)は、
図書館で所蔵しています。(3階文庫コーナー)
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
夏に科学の本を読みませんか (2007.08.02.) by A先生
薬学部で6年制課程が始まって2年目を迎えた。1年生は、大学生活初めての
試験もとりあえず終わり、様々な感情が個々の胸の中に到来していると予想する。
ある者は、試験を乗り切ってほっとしているかもしれない。ある者は、これからの
薬学部生活に不安を抱いているかもしれない。次こそはと反省している者も
いるかもしれない。
大学の試験は、個々の科目ごとに行なわれるため、どうしても各論を深く勉強
しなければならなくなる。さらに、科目数も多いため、一夜漬けに頼り、試験だけを
乗り切る勉強を行ないがちとなってしまう。
そうすると、他の授業とのつながりや大きな視点から物事を捉えることが、やや欠けて
しまう。これは、6年制の学生にとっては、危険なことである。
6年制課程は、薬剤師養成を第一の目的とし、特に、問題や課題に対しての解決能力が
ある質の高い薬剤師を生み出す必要に迫られている。これは、10年程前までに
薬学部で行なわれた教育とは異なり、より臨床現場に近い教育が求められているとも
いえよう。
それゆえ、カリキュラムはここ数年大きく変わり、さらに6年制課程では、4年生課程とは
異なる新たなチャレンジが各大学で行なわれている。帝京大学でも、コミュニケーション実習や
語学演習に加え、本年度から1年生には早期体験学習も行なわれる。
しかし、経験したことがなく、答がないような新たな問題や課題を解決していく能力は、
6年制になり導入された試みだけで養われるのではなく、旧来から行なわれている
薬学教育との融合によって身につけていくものと思う。重要なことは、先ほども述べたが、
様々な授業内容をつなげ、大きな視点で、例えば生命とはなにかという視点で授業内容を
理解していくことであろう。これは、とても難しいことである。
そこで、本の力を借りてはいかがだろうか。私も最近、「生物と無生物のあいだ」という本を
読み、生命の不思議と科学者の挑戦とを改めて知り、不思議な充実感に襲われた。
生命とは何かをこの本は解き明かす。中に書かれている科学的な内容は、高校で
学習する生物のレベルであるが、それより高度な内容を学習している薬学部の学生は、
さらにその内容がよくわかると思う。
夏休みが始まった。是非、科学に関する本を読み、大学で習っていることは何なのかを
考えてほしい。そして、科学的センスを持ち、広い視野で物事を考えられる、質の高い
薬剤師を目指して欲しい。お金が無いなんていわず、図書館を利用してはいかがだろうか。
(※図書館注)
「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著/講談社現代新書)は、図書館で所蔵しています。
配置場所:3階新書コーナー 請求記号:460.4/FU
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
自分だけの「ルール」? (2007.07.18.)
試験の期間に入り、図書館の入館者数も増えてきました。
それと同時に、「図書館利用上のルール・マナー」を守れない
学生さんの姿も目立っています。
==注意されたときの言い訳集==
<飲食物持ち込みを注意すると・・・>
○カバンにしまえばいいんですよね! (そういう問題じゃないんだけど・・・)
○飲んでません。置いてあるだけでしょ。 (だから、持ち込み禁止なんだって)
○これカラッポです。ゴミを持ってきたんです。 (いま館内で飲んだんじゃないの?)
<学生証を通さずに入館したのを注意すると・・・>
○今日学生証忘れました。 (学生証持ってないヒトは入れないんだよね〜)
○学生証持ってますよ。でも出すの面倒だから。 (・・・絶句)
<ノートのコピーを注意すると・・・>
○コピー室混んでるんですよ。 (そりゃまあテスト期間だからね)
○この1枚だけ、いいでしょ! (その前にさんざんコピーしてたよね・・・)
なんでこんなことで注意されるの?ウルサイなー、という態度も
多くなってきて、職員も注意するのに疲れてしまいます。
図書館を利用する際のルールについては、ガイダンスでも図書館
ツアーでもお話しているはず。
図書館を使うなら図書館のルールを守ってほしい、
それだけなんですが難しいことを望んでいるでしょうか?
もちろんルールを守って利用している学生さんがほとんどですから、
そうでない人の姿は逆に目につきやすいものです。
本人は見られていないと思っているのでしょうが、
”見つからなければOK、やっちゃったもん勝ち”とばかりに
「自分だけのルール」を勝手に作って行動している姿を見ると
悲しくなります。
大学生として、薬剤師の卵として、それでいいのかなあ?
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
アドレナリンとエピネフリン、どっちが本物? エピネフリンは存在したか?(2007.07.06.) by O先生
高峰譲吉、この名前を見て何が真先に思い浮かぶだろうか。
・強力な消化酵素タカジアスターゼの発見
・三共株式会社(製薬会社、今は合併して第一三共となった)
・「アドレナリン」を初めて精製・結晶化した人物
先日、N先生がおもしろい雑誌をプレゼントして下さった。そこに高峰譲吉の興味ある記事。
思い立って新聞の切り抜きを掘り返してみると、2000年A新聞の記事が出てきた。
今日の話題は、“日本人の誇り”。。。ということで、三番目の「アドレナリン」について。
筆者が大学の薬理で自律神経とホルモンを習った頃、その物質の呼称は「エピネフリン」であった。
この呼び名のほうが、(アドレナリンという社会一般に通用している呼称よりも)大学で習った知識
のような響きがあって何となくクールに思えた。
以来、自分が書く論文でも、「エピネフリン」を使い続けてきた。疑問もなく。
副腎が持つ止血作用と血圧上昇作用。
この作用の実体(化合物)を世界で初めて精製・結晶化したのが、高峰譲吉。明治33年(1900年)6月のこと。
高峰はこれを(後になって)、副腎(adrenal gland)由来ということでアド(ad-)レナリ(renal-i)ン(n)と名付けた。
当時医学・薬学界で注目されていた物質が単離されたことにより、心停止患者の処置など、
手術が格段に進歩することとなる。
時は下り、昭和2年(1927年)に至って、アメリカの薬理学者ジョン・エーベルが同じ化合物を
副腎(腎臓の脇、epi nephron)から精製したとして「エピネフリンepinephrin」と名付け、
アメリカの権威ある一般科学誌Science誌に発表した。
曰く、「高峰が自分の研究を横取りし、後からアドレナリンと名付けた。発見者は自分であるから、
今後はエピネフリンと呼ぶべきだ(*資料1より)。」
以来アメリカ、メキシコそしてあろうことか日本でも右へならえで、(発見、精製者である高峰の業績を無視して)
エピネフリンを正式名にしてしまった(因みに、1996年改正の日本薬局方では、「アドレナリン」は末梢され、
別名でもなくなった!)。
実際のところ、エーベルがScience誌に記載した方法では、「不純物を多く含むことになり、生理活性の
ある単一化合物、アドレナリンは得られない」として、ヨーロッパの学者は高峰の精製法を支持していた。
当然、呼称もヨーロッパでは「アドレナリン」(*資料2より)。
高峰の助手、上中(うえなか)啓三が残した詳細な研究ノートが高峰らの正統性を実証しているとのこと。
(これが後の高峰復権につながる。)
以来、ヨーロッパでは「アドレナリン」、而してアメリカでは“未だに”「エピネフリン」と呼んでいる。
論文の投稿規定にも、イギリスやドイツの雑誌ではアドレナリン、アメリカの雑誌ではエピネフリンと
表記するよう定められているようである。
時は下り、1世紀を経て2000年6月16日付けのA新聞夕刊に、『アドレナリン「復権を」(高峰譲吉 発見から100年)』、
と題する記事が譲吉とその可愛い2人の息子の写真と共に掲載された。発見者の正当性を評価し、
呼称をアドレナリンに戻そう、という運動である。同年6月24日には、高峰ゆかりの地金沢で、
「高峰譲吉アドレナリン発見100周年記念シンポジウム」が開かれた。
この動きがやっと実を結び、2006年4月、遂に日本の厚生労働省は「アドレナリン」という呼称を
医薬品の正式名称に改めた。身近なところでは、薬剤師国家試験用の“黒本”を見てみると、
変遷がわかる。2006年版では「エピネフリン(別名アドレナリン)」とあり、エピネフリンが正式との扱い
だったが、2007年版から「アドレナリン(別名エピネフリン)」となって、主な呼称が逆転している。
アドレナリン vs エピネフリン
アメリカ人の中華思想的横暴。実験ノートの大切さ。歴史は証明する、、、。色々教訓・不満が
出てくるが、ここでは書かない。ただ、「アドレナリン」の重さを、日本人として改めて受け止めたい。
*資料1;「CreativeBook首都圏人」 第6号
*資料2; 朝日新聞2000年6月16日夕刊
(※図書館注)
高峰譲吉についての資料として、図書館には以下のものがあります。
「高峰譲吉の生涯 : アドレナリン発見の真実」 (朝日新聞社刊)
飯沼和正, 菅野富夫著 請求記号:402.8/TA
また、上野の国立科学博物館では、2004年12月から2005年1月にかけて以下の記念展が開かれました。
「高峰譲吉生誕150年記念展―タカジアスターゼとアドレナリンの発見」
http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/ueno/special/2004/takamine/
★「CreativeBook首都圏人」 第6号は図書館にも1部くださいました。
新着雑誌架にしばらく展示しておきます。なければ見本誌コーナーをご覧ください。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
インターネットで調べられない情報 (2007.06.21.)
最近よく言われていることですが、調べ物をするときに、インターネットしか
調べない学生さんが多くなったように思われます。図書館で所蔵している資料
には限度がありますし、それですら、誰かが使っているかもしれません。
図書館員としては、せっかくの紙の資料たちも使ってほしいと思います。
でも、かくいうこの私も、ついインターネットに頼りがちですが・・・。
数日前、あるデパートの食品売り場が新しくなり、和菓子のオーダーメイドが
できるお店があるという記事を読みました。どのお店だったかな、と思い、検索
しましたが、全然でてきませんでした。新聞で読んだと思っていたので、まずその
新聞社のサイトを探し、検索エンジンでやみくもに探し・・・。最終的には実際に
新聞を2週間分チェックしましたが、それらしいものはでてきませんでした。
よくよく考えてみて、新聞ではなく、無料配布の情報誌に載っていた、ということ
を思い出し、記事を確認することができました。読み直したあとで、もう一度検索
したら、3店のうち1店でしたが、いくつもでてきました。
この事例の失敗点は2つ。
「検索するときのキーワードが適切ではなかった」
「新聞で読んだと思いこんで、新聞記事を中心に探していた」
インターネットで調べられないことだってある、というのもよく言われることですが
改めて実感しました。
それでは、今後の対策をたててみましょう。
まず、検索のしかたについて。これは検索する技術を磨くことで対処できます。
適切なキーワードが必要なのはさておき、検索するための「技」を使いこなすことで
効率よく検索することができます。YahooやGoogleなどの検索エンジンなら、検索
オプションであらかじめ範囲を絞り込んでおくのが一番簡単でしょう。もう少し「技」
を使いたいときには、「本」で勉強しましょう。一度に全部は覚えられませんから、
本を見ながらの検索だっていいと思います。
『こみみ』では以前にも、インターネットでの情報検索に役立つ本(2005.05.12.)
というタイトルで、いくつか本をご紹介しました。その後、新にこんな本が入って
きています。
「理工系のネット検索術100 -WikipediaからGoogle、NASAなど海外科学系サイトまで-」
田中拓也、芦刈いづみ、飯富崇生著 サイエンス・アイ新書 3F新書(407/TA)
「仕事で差がつくすごいグーグル術」
津田大介著 青春新書 3F新書(007/TS)
これらには、例えば、こんなことが初級編として載っていたりします。
ご存知の方もおいででしょうがこんな具合です。
Googleマイナス検索 ・・・表示したくないページを除いて検索する
「サボテン -販売」
intext:○○ ・・・テキスト内に「○○」があるページだけを検索する
「intext:帝京」 同様に「intitle: 」でタイトルにあるものだけを検索できる。
全部読むのは面倒ですが、ぱらぱらと見ているだけでも、なるほど〜と思うこと
ばかりです。ちなみに、この「ぱらぱらと見る」ことが、図書館に足を運ぶ醍醐味の
ひとつでもあるんですよ。
さて、情報検索自体に興味をもったら、こんな本はいかがでしょうか。
webに限らず、自分の求める情報を自分で探すための助けになる本です。
「チャート式情報アクセスガイド」
大串夏身著 青弓社 3F一般(007/OG)
「自分で調べる技術 -市民のための調査入門-」
宮内泰介著 岩波アクティブ新書 3F新書(007/MI)
「情報のみかた」
山田奨治著 弘文堂 3F一般(007/YA)
最後に、そもそもweb上にない情報というのはどうでしょうか。web上にないのですから
どんなに検索技術が優れていても、でてこなくて当然ですよね。ですが、web上に限らず
「ない」ということを調べることはできません。単に調べ方が悪いのか、そもそも存在しない
情報なのか・・・。
紙やCD-ROMといった過去(?)の資料にも情報は存在します。web上になかったから、
存在しない情報、と思わず、古い資料にも日の目を見せてやってくださいね。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
電子掲示板 (2007.06.04)
今回は巨大電子掲示板“2ちゃんねる”発!2冊の本を紹介したいと思います。
まず1冊目は『電車男』です。
1人のヲタク青年が電車内で女性を助けたことをキッカケに。。。
掲示板に集う人々に、励ましやアドバイスを受けながら恋の成就を願う物語です。
映画・ドラマ・舞台化等々がされ、一大ブームを巻き起こしました。
そして2冊目は5月の新着図書『カーチャン』です。
息子からカーチャンに対する本音が綴られています。
数多い投稿の中に、必ず“目頭が熱くなる”エピソードがあると思いますよ。
以上、紹介した2冊は図書館にありますので機会があったら読んでみてください。
*電車男 / 中野独人著.
新潮社 2004.10
請求記号:913.6/NA 配架場所:3F一般図書
*カーチャン….
あおば出版 2007.2
請求記号:914.6/KA 配架場所:3F一般図書
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
自分の体で実験したい?ですか? (2007.05.19.)
私は自分の体で実験したいとは、あんまり思わないですが・・・
好奇心や、人々を助けたいという思いから、自分の体で実験をおこない
科学の進歩や新たな治療法確立などに貢献した人々がいるようです。
そんな人々を取り上げた、
『自分の体で実験したい:命がけの科学者列伝』
レスリー・デンディ,メル・ボーリング著 梶山あゆみ訳
紀伊國屋書店 2007.2
請求記号:402.8/DE 3階一般図書
という図書を今回はご紹介します。
内容は1章ごとに10の事例が紹介されています。
第1章 あぶり焼きになった英国紳士たち
第2章 袋も骨も筒も飲みこんだ男
第3章 笑うガスの悲しい物語
第4章 死に至る病に名を残した男
第5章 世界中で蚊を退治させた男たち
第6章 青い死の光が輝いた夜
第7章 危険な空気を吸いつづけた親子
第8章 心臓のなかに入りこんだ男
第9章 地上最速の男
第10章 ひとりきりで洞窟にこもった女
自己実験については16世紀から記録が残っているそうで
(自分の体重と、食べたものと、出したものの重さを
30年間量り続けた記録!だそうです)
本で取り上げられているもの以外にも沢山の記録が
あるそうですが、この本では、
「人間はどれくらい高温の空気に耐えられるのか」(第1章)
「隔離された環境下では人間にどんな変化が生じるのか」(第10章)
といった、「詳しい記録が残っていて物語性が強い」ケースを
取り上げているそうです。また、実験後にわかった事柄についての
補足も載っています。
もとが子供向け書籍だっただけに内容も難しくありません。
息抜きに如何でしょうか?
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
音楽家と病気(5) 死の音楽 レクイエムをめぐる話題 (2007.05.02) by K先生
自分が死んだときに流れる音楽、決して自分では聴くことができませんね。
残された人たちへの慰めの音楽なのかもしれません。「レクイエム」とは死者の
ためのミサ曲とも呼ばれ、モーツアルトの作品がとても有名ですが、ほとんどの
作品の歌詞はラテン語です。これを自分の生まれた国の言葉に訳した歌詞で
作曲した作曲家として、ドイツ人のハインリッヒ・シュッツ(1583-1672)とヨハネス・
ブラームス(1833−1897) が有名です。
シュッツの場合、ルターによる宗教改革によって、ラテン語の原文がドイツ語に
訳されたことがきっかけと言われています。宗教と音楽が密接に関連していた時代の
逸話の一つですね。ブラームスはシュッツの音楽をとても愛したといわれていますが、
ブラームスが作曲した「ドイツレクイエム」は、よくモーツアルトのレクイエムと対比されます。
2人とも35歳に作曲したのですが、ちょっと事情が異なります。
ブラームスの生涯は64年でしたから、ドイツレクイエムを作曲した1868年は、まだ
人生の半分しか生きていませんでした。ドイツレクイエムは作品番号45ですから、
生涯に作品として120曲以上作曲したブラームスにとっては、創作時期からみると
前期の作品なのです。一方、モーツアルトは映画「アマデウス」でも紹介されたように、
600曲以上作曲したわずか35年の人生の最後の作品で、ついに未完となったものです。
つまり晩年の作品に分類されます。
ブラームスの作品は「生から見た死」、あるいは最愛なるものへの死、
自分が聴けるレクイエムであったのに対し、モーツアルトの作品は「死から見た生」、
自分の死、自分は聴くことのできないレクイエムであったと感じるのは私だけでは
ないと思います。
モーツアルトの未完のレクイエムを完成させたのは、モーツァルトの弟子、
ジュスマイアといわれています。彼はモーツアルトの音楽を実に巧妙に引用し、
一聴しただけではその繋ぎ目はわからないだけでなく、決定版として現代に
受け継がれています。実は第8曲(涙の日、ラクリモーサ)の7小節あたりまでが
モーツアルトの作品と言われていますが、いまでは全曲を通して堂々と管弦楽と
大合唱で演奏されています。
ところが最近、このレクイエムの弦楽四重奏版のCDを聴く機会を得ました。
聴くまではレクイエムの編曲版?だれがそんな編曲したの?合唱は?あの荘厳さは?
と疑問ばかりでした。実は編曲者はペーター・リヒテンタールという人で、彼は1780年
ブラティスラヴァで生まれ、ウィーンとミラノで活躍していた医師、なんとモーツアルトと
同時代の人だったのです。大作曲家の作品を室内楽用に編曲することが趣味だった
ようです。医師の腕についての記載はありませんでした。
弦楽四重奏、すなわち2つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの4声部で奏でられる
モーツアルトのレクイエムを聴いて驚いたことは、モーツアルトの作曲した前半部と、
ジュスマイヤが補填した後半部の恐ろしいほどの違いでした。
前半部は、4声に凝縮するために、各声部の流れ、和声進行上重要な音の選択に
とても苦労した跡が感じられます。しかし、後半部はさらっと聴き流してしまう。
オリジナルの編成で聴くとそれなりなのに、弦楽四重奏では皮肉にもモーツアルトの
作曲した部分の天才性が浮き出ているのです。
本質って、こんなことなのかもしれませんね。是非聴いてみてください。まったく新しい
世界が広がりますよ。あなたは「生」を感じますか、それとも「死」ですか。
参考CD:モーツアルト「レクイエム」 弦楽四重奏版 <CD473>
(オーストリア放送協会自主制作レーベル「ORF」:東武トレーディング株式会社扱い)
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
この4月から: 関係者じゃないのに詳しく紹介、と、関係者なのに簡単に紹介 (2007.04.18.)
「受胎告知」を始めとする、レオナルド・ダ・ヴィンチの特別展が開催されています。
上野の美術館(博物館)で開催される企画展は、いつも盛況のイメージがありますが
今回はとくにたいへんな賑わいであろうと思われます。なんといっても、日本で見る
ことができる、というところがうれしいことですよね。
ところで、ニュースでご覧になった方もいらっしゃると思いますが、ヴァチカンの
システィーナ礼拝堂の天井画が陶板によって完全再現され、この4/1から公開
されています。徳島にある、大塚国際美術館の開館10周年記念事業だそうです。
この大塚国際美術館こそ、現地まで行かなくても、日本で同じ(ような)感動を
味わえる、珍しい美術館です。
ご存じの方も多いでしょうが、同美術館のホームページによると、この美術館は
・大塚製薬グループが創立75周年記念事業として設立した、
日本最大の常設展示スペースを有する『陶板名画美術館』
・西洋の名画1000点以上を陶板という形でオリジナルと同じ大きさに再現
ということだそうです。
陶板、つまり陶器ですよね。私もずいぶん前にこの美術館を訪ねる機会が
ありましたが、とてもきれいなものでした。写真やテレビなどの画像に比べて、
格段にオリジナル作品に近いのでないでしょうか。
全てオリジナルと同じ大きさ、というのが、特にいいところです。作品の大きさ
というのは、意外と伝わりにくいものだと思います。私の経験でも、本物をみた
ときに、思ったより小さい、ということも多かったですし、礼拝堂のような大きな
ものは、実際にその場に立って初めて伝わる感動もあると思います。
1000点に及ぶ収蔵品の内容は、美術館のホームページで一部を知ることが
できますが(フロア案内と所蔵館マップ)、さらにその一部をここでご紹介すると、
「モナ・リザ」「ヒマワリ」「ヴィーナスの誕生」「笛を吹く少年」「落ち穂拾い」「叫び」
「着衣のマハ」(「裸のマハ」もちゃんとあります)「バベルの塔」、そしてモネの
「大睡蓮」。これだけでもおお!という気がしますね。
他にもレンブラントの「夜警」、ベラスケスの「ラス・メニーナス」、きりがありません。
「最後の晩餐」にいたっては、修復前と修復後があるそうです。そしてももちろん
「受胎告知」もあります。
館内には庭も併設されていて、モネの「大睡蓮」はそこでみることができます。
美術館は海に面しているので(記憶では)、とても開放感のある庭です。
館内をじっくり見て疲れたら、レストランやカフェもあります。大塚製薬なだけに、
メニューにボンカレーがあるのが、ご愛嬌でした。
交通の便が薬学部並み、ではありますが、一見の価値あり、です。
さて、とってつけたような流れですが、4月は何かを始めるにはいい時期ですね。
図書館でも、同じくこの4月から展示コーナーをつくってみました。第1回のテーマは
「新入生へのおススメ本」です。図書館ホームページにも、新しいコーナーを設けて
展示本リストを掲載しています。
見ている限りでは、こんな本があったんだ、という感じで手にとってくださる方が多く
うれしいです。今まで埋もれていた本たちも喜んでいると思われます。
展示中でも貸出OKですので、まだ見ていないかたはぜひ! 図書館入口すぐの
ところです。ご利用をお待ちしています。
大塚国際美術館 http://www.o-museum.or.jp/japanese/index.html
展示本リスト http://opac.pharm.teikyo-u.ac.jp/library/service/tenji/tenji-s.html
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
自信をもって。 (2007.04.04) by T先生
春はなんとなく寂しい季節です。
今まで一緒に研究室で実験をしていた学生達が卒業して社会に旅立ちます。
朝、ミルでごりごりと豆を挽き、コーヒーいれてくれた彼が、明日からはこのテーブルに
つくことはありません。実験机もきれいに片付いて、ためこんでいたTLCのピラミッドも
消えました。
研究室生活なんて長いようで短いものです。教室に配属されたばかりの頃、
やたらとびくびくして先輩達の顔色をうかがっていた姿が昨日のことのようです。
よく実験したなあ、と思います。本当に朝早くから夜遅くまで信じられないくらいの
実験量でした。学会にもいっぱい出かけて偉そうにマイクもって話す姿も板についた
ものです。最近は自分で考えて実験するようになって、とても楽しそうでした。
いよいよ卒業です。これからどんな未来が待っているのでしょう?自信をもって歩んで
欲しいと思います。こんなに実験して立派な結果も残して精いっぱい研究を楽しんだの
だから、きっと大丈夫。胸はって生きていって欲しいです。
毎年、こうやって学生を送り出します。立派な彼らを誇らしく思う気持ちと取り残される
寂しさがまぜこぜになって、最後は寂しさが勝ってしまいます。ホントはもっと一緒にいて
ほしいんだよ。ってこっそり言いたくなります。教員失格ですね。
さて、4月から新年度です。今年はどんな一年になるでしょう?また学生と一緒に
実験する日々が始まります。卒業した先輩達をこえる学生が育ってくれることを
楽しみにしています。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
花粉症騒動記 (2007.03.23)
本格的な春がやってくる。
日中の気温が日に日に暖かくなり、太陽の光も強さを増し、着ている物もだんだん薄くなり、
つい外に出てみたくなる陽気になる。
が、しかし、杉などの花粉の飛ぶ季節でもある。花粉症の症状もつられてででくるのである。
私も多分花粉症であろう。アレルギーチェックをしてもらったわけではないので、断言
できないが、主な症状がしっかりあてはまるのである。病歴といえるならば、十数年になる
と思われる。
今年あたりの杉花粉の飛散量は、例年に比べ少ないほうであると言われているが、
症状としてはいつもの年と同様で一度に何回ものくしゃみ、目のかゆみ、意識のない鼻水に
悩まされている。仕事中に遭遇する雑誌の表紙や目次等にも、この時期は花粉症、アレルギー性
鼻炎の文字が出現し、そのたびに思わず作業を中断して、読んでしまうこともある。いけない
ことではあるが...。
症状から判断すると、軽いほうに属するのであろうが、やはりこの季節を迎えるたび
憂鬱になる。
そこで、この時期は自分なりの花粉対策を練るのである。それは、
・窓の開閉を最小限に抑える。
・洗濯物は家の中、布団は乾燥機に頼る。しかし、今年のように飛散量が比較的少ない年ならばと、
洗濯物を外に干してみるのだが、やはり取り込む時とたたむ時にはくしゃみの連続でマスク
の登場となる。
・外出しなければならない時はマスク、帽子を着用し、家に入る時は洋服をはたく。
・甜茶、ヨーグルト、紫蘇などの一般的に花粉症の症状を和らげるといわれるもの(?)を摂取する
ように心がける。
それでも、耐えられないくらい症状が強く出る時は薬を服用するようにしている。
今は年々新しいものが考えられているようで、水ナシで飲めるもの、鼻孔に塗るもの、鼻孔を洗浄する
ものなど私の乏しい知識でも随分と種類が豊富である。薬のサイズや持ち運びのケースもコンパクトで、
製薬会社等の工夫の細やかさを感じるばかりである。
数年前はせっせと耳鼻科に通い、指導に従ったときも合ったが、やはり同じ症状で耳鼻科に通う
人の多さにめげーー元来めんどくさがりなのだがーーそれならばと自己判断で色々試しているのである。
時は春。この症状さえなければ、これからが花の季節で春を楽しめるのにと、時折花粉がうらめしく
もなり、自分の身体にうんざりもするのである。だからといって、体質がカンタンに変えられるはず
もなく、日々ちまちまと花粉を出来うる限り身体にいれない努力をし、花粉を寄せ付けないという
柔軟剤を洗濯の際使ってみたり、杉の葉茶がよいと聞けばネットでつい注文してしまうのである。
普通、病気といえば、遅かれ早かれ大概のものは完治するものではあるが、アレルギーは軽くなる
ことはあっても直ることはないようである。その日その日で、軽くなることを祈りつつ努力を続ける
しかないのだろうか。本当は、病院に通って、処方された薬を飲むことが一番の特効薬なのかもとも
思うこの頃である。
ご存知の方も多いと思うが、協和発酵さんの花粉症*ナビは、花粉症の基礎知識、飛散予測、週間予報
などがあって興味深く拝見している。gooヘルスケアにも花粉症特集2007があるようだ。花粉症の方も、
そうでない方も機会があったら一度アクセスしてみてはいかがだろうか。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
志望理由は何ですか? (2007.03.08.) by A先生
入学試験も終盤となった。帝京大学薬学部では、受験生に面接試験を行なって
いるので、在学生の中には「なぜ、薬学部を選ばれたのですか」と質問された人も
多いと思う。筆者も薬学部を卒業したので、この質問に答えることができたはずだが、
実際のところは明確な動機はなかった。
このように書き始めると、今回のこみみは、筆者の薬学志望動機についてかな、と
思わせるが、実は違う。今回のこみみは、薬学について考えさせられ、人生を変えた
映画についてである。
1991年の春、筆者は大学院の修士課程を終え、ある企業に入社し、新人研修を
受けていた。そこで、大学と会社の研究の違いを目の当たりにし、「これでいいのか
俺の人生」と悩んでいた。
ある日、映画を見に出かけた。その映画は「レナードの朝」というタイトルであった。
この映画は実話に基づいた、嗜眠性脳炎患者と医師との物語である。
嗜眠性脳炎は、1920年代を中心とした12年間に大流行した脳炎で、500万人が
亡くなった。発症機序は良くわからないのだが、細菌感染による免役応答の異常が
引き金となったことが予想されている。その症状は特徴的で、病名の由来でもあるとおり、
眠り続ける。眠り続けるといっても、ぐうすか寝てばかりいるのではなく、刺激に対する
反応がなくなる。体は生きているが、人間としては死んでいるような状態なのである。
映画を見ればよくわかるが、パーキンソン病のような症状もある。
セイヤーという医師は、臨床に興味がなかったが、やむを得ず脳神経科の病院で働く
こととなり、嗜眠性脳炎の患者に出会う。セイヤーは、観察力により、パーキンソン病との
類似性を見出し、当時パーキンソン病の治療薬として使われ始めたレボドパ(L-Dopa)を
投与する。すると、奇跡が起こる。詳しくは是非映画を借りてみていただきたいが、
その結末は物悲しい。しかし、不思議であるが心に暖かさが宿った。
筆者は、この映画により、薬物のすごさを思い知らされた。また、人間たるもの、
人のためになる仕事をしなければと強く感じた。さらには、医療従事者の姿勢を学び、
薬学部を卒業したものとして、自分はどう進むべきかをもう一度考えさせられた。
その結果、会社をすぐに辞め、もう一度大学に戻った。
あなたは、なぜ薬学部を選びましたか?この問いに、答えたことを忘れてはいませんか?
もっと、多くのことを学ぼうじゃありませんか。その機会は、大学にはいっぱい転がっています。
(※図書館注)
「レナードの朝」(ビデオ)は図書館にあります。 請求記号:778.253/RE
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
館内掲示の理想と現実 (2007.02.24)
『専門図書館』という図書館職員向けの雑誌があります。
先日その中で、「ごぞんじですか?サインシステム」という記事を読みました。
(この記事内では、施設内のフロア案内や館内案内、誘導サイン、案内ポスター等の
掲示物・表示物を総括して「サインシステム」と呼んでいます。)
記事の中では、「計画的とはいえない例」としてある公共図書館の写真が
載っていました。そして「案内サインの隣に手製スタンド、そして多くの貼り紙」との説明。
あれ、これと似たような状況、うちの図書館でもよく見るな・・・
当館も、館内には掲示物がいっぱい。特にカウンター周りの掲示にはアタマを悩ませて
います。Pals(自動貸出返却装置)周辺を例にとってみると、
・Pals本体の掲示
→ 使用上の注意事項
・カード入口の掲示
→ 「在籍シールを重ね貼りしているとカードが詰まります」
・Pals横の掲示
→ 手続きの仕方(本の置き方)
・返却台
→ 「返却処理後の本はここに置いてください」
現在は、これに加えて「長期貸出の説明」も掲示しています。
こうして書き出してみると、あらためて「多いな・・・」と感じますね。
もちろん、必要があると思われるものを掲示したり注意書きしたりしているわけですが、
この状態でも
「すみませ〜ん。カードが詰まっちゃいました〜」
「返却終わったらこの本どうしたらいいの?」
と聞かれることを考えると、現在の掲示(サイン)が十分役立っているとはいえないのでは?
と感じています。
掲示や注意書きは、使い慣れた人にとっては不要なもの。たくさんの注意書きは美観をそこねるし、
本当に重要なお知らせが目立たなくなってしまいます。
しかし、実際には館内の掲示物は年々増えている状況です。それは、「飲食物持ち込み禁止」
「私物充電お断り」「私語を慎む」などのマナー(禁止事項)に関する掲示のため。
一見常識と思われるようなことまで、こんなにたくさん表示しなくてはいけないの?と疑問に
思いつつも、注意した時の「知りませんでした」「どこに書いてあるんですか?」という反応を見ると、
やはり必要なのかな、と思ってしまいます。
この記事を読んで、このように多くの掲示物が必要だからこそ、それらを「目につきやすく、
なおかつわかりやすい」ものにしていく必要があるんだと再認識しました。
この記事では最後に、「表示ルールなどの整理ができれば、利用者だけでなく施設運営者に
とっても気持ちのよい環境がすぐにでもできる」と述べています。
そして「表示ルールの整理」として、以下のようなことが挙げられていました。
・紙の色・種類・大きさの統一
・文字や矢印のグラフィックの統一
・設置する高さの統一
・手書きをやめる
・セロテープの貼り方をきれいにする
すぐにできそうなこともありますね。館内の掲示を見直してみよう・・・
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
人間は冬眠能力を持っていたか? (2007.02.13) by O先生
とーみん人間♪あらわるあらわる〜♪
ん?ありゃ“透明人間”でしょ。かつて流行ったPLの歌。現れないのが透明人間だってオチ
だけど。冬眠人間って?
1月24日付毎日新聞インターネット版に、「冬眠:神戸・六甲山の遭難男性、やはり冬眠状態?
体温22度、24日ぶり生還…なぜ」と題する記事が載った。
記事によれば、遭難し24日ぶりに救出された男性は、病院搬送時の体温が僅か22度だった
そうだ。体温22度で24日間も生き抜いたとは、全くの驚きである。外気温が10度以下のところ
なのに22度で下げ止まったのも、不思議とのこと。
交通事故による脳挫傷の救命手術の際、脳の障害が進行するのを防ぐために体温を下げる、
「低体温手術」によって多くの人命が救われている。しかし、体温を下げることで神経の損傷が
進行するのをくい止められる一方、体の免疫機構が低下し、肺などに感染症を起こし易い状態に
なってしまう。通常は6〜8時間が低体温を維持できる限界だそうである。
専門家は、24日もの長期間低体温を維持できたのは、冬眠状態にあったからではないかと
見ているようだ。哺乳類のなかで冬眠できる動物は、シマリス、ハムスター、ヤマネ、コウモリ、クマ。
これらは皆、恒温動物なのに外気温の低下に適応して冬眠できる。筆者の先輩の冬眠研究者に
よれば、シマリスは冬眠中に4度近くまで体温が低下するのに、免疫機構はかえって高まるそうだ。
この先輩は近年、冬眠に関連する遺伝子を発見していて、ヒトにもその遺伝子の痕跡があるかも
知れないと考えている。もしかして、この遭難者には、遺伝的に見てそのような能力があるのかも
知れない。進化の間に人間が失ってしまったかもしれない冬眠の機構を、再び人間に応用できれば、
「2001年宇宙の旅」が現実のものとなろうし、低体温手術にも画期的な恩恵がもたらされるはずである。
カナダや北欧のような寒い国では、冬の低体温による死亡が多く、低体温を本気で研究している
科学者が多い。カナダのとある湖では、ボートを借りるときに低体温症についての丁寧な解説が
壁に貼ってあったりする。また、とある湖は、「おぼれない湖」として有名である。なぜ???
・・・答えは、水面下10センチメートルの水温が4℃だから、落ちたら(おぼれる前に)すぐ低体温で
死んでしまうから!
ふつうの人間は、まだシマリスがするような本格的な冬眠とは無縁のようである。
昨年、カナダに10年ぶりに行った。有名なコロンビアアイスフィールドの氷河の末端部が、ずいぶんと
後退してしまっていて、“地球温暖化”を実感した。冬眠研究とは逆行する環境変化・・・ヒトにはもう
役に立たないか?進化上。冬眠遺伝子は。
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
おじさん (2007.01.27)
普段使っている言葉で、よくよく考えると“?”なことってありませんか。
そんなとき↓のおじさんが解決してくれるかもしれません。
その人とは“ことばおじさん”です!
NHK『お元気ですか日本列島』で「気になることば」というコーナーがあります。
その中でアナウンサーが“ことばおじさん”として登場します。
2003年から続いているようなので、一応人気コーナー??のようですが。
私が最初TVで見たときは[全然+肯定文]の回でした。
「全然大丈夫!!」
一見、今風っ!?と思いがちですが、実は明治時代や大正時代にも使われていたようです。
「全然」とは“全く然り”と書き、「すっかり・ことごとく」「すべてにわたって」という意味で、
元々、肯定にも否定にも使うことのできる言葉だそうです。
放送から随分と経ってしまっているので記憶が曖昧ですが、戦後の教科書の中で否定的に
使われるようになったため、そのような誤解が生じてしまい、それゆえ若者と80歳以上の
おじいさん・おばあさんは比較的違和感のない言葉だということです。
このように言葉の思い違いってありますよね。
私の一番印象深い出来事が、高2の期末テストで『雰囲気(ふんいき)』を『ふいんき』と書き
×をもらったことです。
多数の人が間違っていたらしく先生も呆れていました。
でも耳には『ふいんき』と聞こえませんか…??
このサイトでは自分の気付いていない思い違いがわかるかもしれませんよ。
暇で暇で・・・という時にでも開いてみてください。
“ことばおじさん”で検索すれば出ます!!
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る
失敗談・失敗学関連の本 (2007.01.16.)
失敗談・失敗学関連の本が2冊ほど受入されましたのでご紹介します。
『教科書にない実験マニュアル:よくある失敗役立つNG集』
西脇永敏 著 講談社 2006
請求記号:432/NI
著者は、研究室での実験の失敗談をホームページに掲載しているそうで、
そのホームページの内容がまとめられた本です。
「実験室での失敗談をネタにした,関西的笑いを追求している,
きわめて柔らかい内容」とのことで、
実験に縁がない立場でも、読んでいてなかなか面白いです。
普段、実験をおこなっている人には、
”そうそう、似たようなことあるな〜”と楽しみつつ
”こういうことがあるのか、気をつけよう”と役に立つのではないでしょうか。
『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』
ジェームズ・R・チャイルズ 著 高橋健次 訳 草思社 2006
請求記号509.8/CH
こちらの本は、チェルノブイリ原発事故などの世界的に有名な
重大事故や、逆に重大事故を回避できた事例などをとりあげ、
原因やその時の人々の行動などを分析しています。
ページ数の多い本で、身近な事例ではないので
多少取っ付きにくいかもしれませんが、読み応えはあると思います。
興味を持たれましたらぜひ読んでみてください。
※『最悪の事故が〜』の訳者あとがきにて、下記のサイトが紹介されていました。
興味のある方はこちらもどうぞ
「JST失敗知識データベース」 科学技術振興機構提供
最新へ戻る 2007年の目次へ戻る