病態生化学教室
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教室紹介
 < 研究紹介 >

 私たちは、学部学生のみならず大学院へ進学しようという向学心にあふれた学生を求めています。興味がある人は、遠慮せずにご連絡ください。病態生化学教室では、がん、記憶、発生などの難題に生化学的な立場から突破□を開くことを目標として研究を進めています。がん研究では、細胞増殖や分化異常の観点から、新しい細胞増殖因子の機能を個体レベルで解析しているほか、新規な癌抑制遺伝子の研究を分子生物学的に研究しています。また最近、生後間もなく形成される重要な記憶のメカニズムを、ニワトリのひな鳥を用いて研究を開始しました。この記憶は親子間の刻印付け(刷り込み)と言われているもので、ふ化後間もないひな鳥が、親鳥を記憶してその後を追いかけていく学習行動です。皆さんも高校生物の教科書に載っているので聞いたことがあるかもしれません。この行動は、ひな鳥の大脳での遺伝子発現変化が鍵を握っていると考えられてきましたが、その詳細は不明のままでした。私たちは、独自にふ化直後のひな鳥に刻印付けする実験系を確立し、刻印付けによって遺伝子発現が上昇する大脳遺伝子を複数見つけました。これらの遺伝子は、胚の時期に神経回路が形成されていく過程で重要な機能を果たしていることがわかっていますので、刻印付けされるときには、一度形成された神経回路が新しい記憶に対応するために部分的に再編成されたのではないかと考えています。このような記憶に関わる遺伝子を旨く利用すると、老齢期で衰えてきた脳機能を再び活性化して、柔軟性をもった脳に生まれかわらせることもできるのではないかと考えています。

1.生後の脳神経回路の機能的改編メカニズムに関する研究

 私たちは、ラットを使った研究も行っています。それは、生後のラット脳の海馬における神経可塑性の研究です。私たちは、2光子励起蛍光レーザー顕微鏡を用いて、LTD(長期抑圧)により海馬錐体細胞の棘突起が可逆的に縮小、消失することを世界で初めて示しました。さらにこの形態変化には、アクチン繊維を脱重合する活性を持つcofilinが重要であることを示しました。今後は、1個の神経細胞の変化がどのように、記憶、学習といった統合的な脳機能に変換されるのかを知るべく研究を発展させていきたいと考えています。

また、最初に触れましたが現在、個体レベルでの脳機能に注目し、鳥類雛の親子関係の刻印付け(刷り込み)によって引き起こされる大脳神経回路の変化を、分子レベルで明らかにしようとしています。これまでにcDNAマイクロアレイを用いて、刻印付けに必要なことが示されている大脳領域で、50種類の遺伝子が刻印付けに付随して発現上昇することを見出しました。これらの中には細胞骨格制御因子、軸索誘導因子、転写因子などが含まれています。さらに同定した遺伝子の刻印付けにおける必要性と機能を示すために神経細胞選択的な遺伝子導入法を確立し、RNAiによる領域特異的遺伝子発現抑圧系を独自に確立しました。今後は、個々の遺伝子機能を解析することにより記憶関連遺伝子の実体に迫ろうと考えています。

2.核酸関連物質の細胞外代謝による細胞機能制御に関する研究

 私たちは、細胞外に分泌されるアデノシンデアミナーゼ(ADA)を、昆虫細胞増殖因子(IDGF;Insect-derived growth factor)として発見し、昆虫の胚発生での重要性を示しました。現在では、この酵素がヒトを含む多くの動物種で保存されていることがわかり、細胞内型ADAとは構造的に異なる新しい遺伝子(ADGF/CECR1)ファミリーとして認知されています。さらに、脊椎動物におけるホモログ遺伝子の機能をアフリカツメガエル胚を用いて解析し、ADGF/CECR1が体節形成に関わる重要な遺伝子であることを示しました。この遺伝子のユニークな特徴は、その作用メカニズムが細胞外アデノシン量を低下させることにより、アデノシン受容体を経由した細胞内シグナル伝達が変化することです。ADGF/CECR1のように、アデノシンやATPなど、プリン骨格を持つ核酸関連物質を細胞外で代謝する酵素の存在が最近知られるようになってきましたが、それらの代謝反応が細胞の生理機能(増殖、代謝)にどのような影響を及ぼすのかについてはよくわかっていません。今後はADGF/CECR1の解析を中心に、核酸関連物質の細胞外代謝による細胞機能制御の仕組みを、遺伝子抑圧とメタボローム解析の手法を用いることによって明らかにします。また、ADGF/CECR1の過剰発現によって引き起こされるヒトの遺伝病(猫の目症候群)に対する治療薬を創出することを目的に、細胞外代謝酵素の活性を阻害する低分子有機化合物を創製します。このような解析を通じて、核酸関連物質の細胞外代謝の生理的意義を探っていこうと考えています。

3.新規癌抑制因子「ちび」を用いた癌化メカニズムに関する研究

 私たちは、 Wnt 細胞内情報伝達経路を抑制するタンパク「ちび」と発癌との関連を明らかにしようとしています。Wnt 情報伝達経路は、様々な形態形成の過程に関与するのみならず、恒常的に活性化されると細胞が癌化がすることが知られています。β-カテニンは、Wnt情報伝達経路で中心的な機能を果たす転写因子であり異常に活性化されると細胞は癌化します。従って、β-カテニンの転写活性を制御するタンパクは、癌化において重要な機能を果たすと考えられます。私たちは、β-カテニンの転写活性化ドメインと結合し、β-カテニンの転写活性を強く抑制する新規な核タンパク、「ちび」を発見しました。「ちび」は、β-カテニンの転写抑制因子として機能することから、β-カテニンを介した癌の抑制因子である可能性が考えられました。さらに検討を進めた結果、ヒト甲状腺癌や子宮癌組織では、「ちび」の発現量が、正常組織と比べ著しく低下し、このときβ-カテニンの発現は逆に上昇していました。これらの組織では「ちび」が癌抑制因子として機能していると考えられます。そこで、「ちび」が癌抑制因子であることを利用し、細胞がいかに癌化されていくのかを探っています。将来的には、「ちび」そのものを利用した抗癌治療や、新たな抗癌剤の開発へとつなげることを考えています。

この他にも、新しい電位感受性フォスファターゼの研究や、発生と生体防御に関与するプロテアーゼとレクチンの研究、免疫系を活性化する抗菌ペプチドの研究などを行っています。このように私たちは、すべての生物が共通に持っている生体防御機構の解析から出発し、現在では脊椎動物の脳機能と行動の遺伝子基盤の解明に取り組んでいます。また、基礎研究から応用まで視野の広い研究を心掛けています。この過程で学んだ生化学から生理学にいたる知識や経験を、今後の研究と皆さんへの教育に役立てたいと考えています。


職員
教授 本間 光一
准教授 山口 真二
助教 青木 直哉
私設職員 藤田 永子
大学院生
M2 飯久保 栄二
卒研生
5年生 14名
4年生 13名


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